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本のあらすじ、感想を書き留めるブログ

堀部篤史『90年代のこと』

 

作品について

堀部篤史さんといえば、恵文社一乗寺店の元店長で、今は誠光社という書店を営んでいらっしゃる、京都の書店員の中で一番有名な人ではないでしょうか。

 
『90年代のこと』は、堀部さんがまだ若かった90年代のカルチャーを振り返りながら、堀部さん自身が当時考えていたこと、21世紀になって変わってしまったと思うことについて赤裸々に綴ったエッセイです。

薄い本ながら、とても読み応えがありました。

 

インターネットがない時代

90年代は、インターネットやSNSがまだなかった時代です。私は幼稚園〜小学生でしたが、女子高生達はポケベルでみんな連絡を取り合ってたのをぼんやり覚えています。中高生が携帯電話(ガラケー)を持つようになるのは、さらに5年くらい後でしょうか。

 
そもそも90年代まで、みんな趣味(特にマイナーで魅力的なもの)の情報をどうやって仕入れていたかというと、友達に教えてもらったり、ひたすらお店に通って商品を物色するしかないわけです。

今、映画や音楽は配信サービスがあるので、スマホさえあれば好きなものを好きなときに摂取できるけれど、この本によると、堀部さんは割とヤマカンで古今東西気になるものを買い漁って摂取し、トライアンドエラーを繰り返しながら、自分のスタイルのようなものを確立されたのかな?と思いました。

堀部さんに限らず、当時の若者はみんなそうだったのかもしれません。

 

書店員の役割について

今の時代、私達はインフルエンサー(目利きのプロ)が「良質な作品をパッケージ化」する形であらかじめ交通整理されたものを手に取ることができるから、「失敗」がないわけです。

システムに売り上げデータをインプットしてるから売れ筋もわかるし、ネットさえあれば購入履歴から自分の好みに沿って関連商品を提示してくれる。

ネットをみれば、欲しい本の情報も簡単に手に入るし、通販すればそもそも本屋に足を運ぶ必要もないから、「知らない本に手を伸ばす」機会でさえもなくなってしまう。

その面白みのなさに、堀部さんは苛立ちを覚えていらっしゃるのかな?と思いました。


書店員はただ本を売ることが仕事ではない。ジャンルや時代の枠組みを超えて、本と本、本と人をつなげる仕事である。

そんな大事なことに気づかせてくれるエッセイでした。

 

 

 

90年代のこと―僕の修業時代

90年代のこと―僕の修業時代

 

 



 

 

 

 

イーピャオ 小山ゆうじろう『とんかつDJアゲ太郎』

とんかつDJアゲ太郎』にめちゃくちゃはまってる。

マワシヨミジャンプで拾い読みしたのがきっかけで最終巻まで一気に読んでしまった。

 

 

とんかつDJアゲ太郎』がとにかく面白い

主人公はとんかつ屋の息子、アゲ太郎。ある日偶然潜り込んだクラブハウスで出会ったDJに導かれるように、とんかつ屋でありながらDJを志す。

DJというとチャラついたイメージあるかもしれないけれど、物語自体は硬派。

とんかつ屋とDJ、二つの仕事が良い相乗効果を生んで、アゲ太郎はとんかつ屋としてもDJとしてもどんどん成長していく。「とんかつDJ」なんてふざけた名前なのに、アゲ太郎はすごく真面目。挫折してもへこたれない。美味しいとんかつを揚げるために、DJでフロアをアゲるために、とにかく頑張る。周りの人たちも、そんなアゲ太郎にのせられてどんどん変わっていく。

 


お仕事漫画として読むと面白い。尊敬できる先輩や魅力的なライバル達もたくさんでてくる。ライバルといっても、同じ音楽を愛する点ではみんな仲間。お互いがお互いを尊敬しあってる。

 


クライマックス、アゲ太郎がたどり着いた「とんかつDJ」としての境地にもぐっときた。アゲ太郎に拍手を送りたい気持ち。この漫画は「友情・努力・勝利(あげ)」の三原則が詰まってる。

 

 アニメも当然面白い。

 最終巻まで読み終わって物足りなくなって、探したらFuluにアニメがあったので速攻みた。DJの話なので、アニメだと音楽が耳に入ってきてさらに良い。

1話10分でさくさく進む。声優さんも良い。主演の山下大輝さんをはじめ、藤原啓治さん、茶風林さん、津田健次郎さん…。ゲストは今をときめく木村昴さんや現役のDJさん達が固めてる。完璧…。 

なにより作り手がすごく楽しんで作ってるのが伝わってくる。なんていうか、グルーブを感じる。

唯一辛かったのが12話しかなかったこと。2期はないのか…。

 

実写化もあるらしい

実写映画、告知だけされてるようですね。

キャスト、スタッフもろもろまだ発表されてませんが、実現するならなんでもいい。

すべてを摂取し終わった私のとんかつロスをどうにかしてくれるなら。

 

 

とんかつDJアゲ太郎 コミック 1-11巻 全巻セット

とんかつDJアゲ太郎 コミック 1-11巻 全巻セット

 

 

 

ロアルド・ダール 『マチルダは小さな大天才』

チョコレート工場の秘密』の原作者、ロアルド・ダール恩田陸が「初めて作者を意識した作家」とエッセイで書かれているのを読んでずっと気になっていたので手に取りました。

  

この物語の主人公マチルダは、とても頭の良い女の子です。

一歳半でなめらかにしゃべるようになり、三歳になる頃には字を覚え、四歳になる頃には本を読みたいという欲求を持つようになります。

ごく普通の親ならば、自分の子供の天才ぶりを喜び、サポートするものですが、マチルダの両親はマチルダを「かさぶた」や「できもの」のように扱うだけで、マチルダが天才であることにも無関心です。

「パパ、わたしに本を買ってくれない?」とマチルダは言った。

「本だと?なんだって本なんか、ほしいんだ?」と、父親は言った。

「読むためよ、パパ」

「テレビじゃ気に入らないというのか、え?うちには十二インチ・スクリーンのすてきなテレビがある。それなのに、本を買ってくれるとは!あまったれたことを言うのも、いいかげんにしろよ!」

両親は、一貫して「頭の良い娘マチルダ」を受け入れません。

チルダの父親は悪知恵を仕事に活かし、詐欺まがいな方法で財を成した実業家。母親は「ブックス(読書)よりルックス(外見)」の精神で生きて旦那をゲットするような人。

辛いのは、両親が長男マイケルのほうは跡取りとしてそれなりに可愛がっていることで、どうしてもマチルダとの扱いの差を感じてしまいました。

 

ストーリーは、マチルダが父親や校長先生に攻撃というか、ある種のしっぺ返しを食らわせる方向にすすんでいきます。

この方法がなかなかえげつなくて、ネタバレになるので書きませんが、「そこまでしなくても…」と正直思いました。

ただ、マチルダが自分にされたことに対してそこまで報復しないと折り合いをつけれない精神状態だったと思うと悲しくてなにも言えません。

 

後半マチルダはある特殊能力を身につけますが、いくら天才でもまだ家族の元でしか生きられない小さなマチルダにとってそれが大きな武器となり、悪と戦うクライマックスはとても痛快です。

 

「家族に受け入れてもらえないマチルダが家族以外の大人や同級生に受け入れてもらうことで自分の居場所を確立するお話」であると同時に、 大人だけが頑張ってるんじゃない。子供は子供なりに理不尽なこと、辛いことがたくさんある。子供だからこそ、世の中がいろんな逃げ道を作ってあげないといけない。

 

そんな当たり前なことに気づかせてくれる、最高にクールな児童文学でした。

 

 

マチルダは小さな大天才 (ロアルド・ダールコレクション 16)

マチルダは小さな大天才 (ロアルド・ダールコレクション 16)

  • 作者: ロアルドダール,クェンティンブレイク,Roald Dahl,Quentin Blake,宮下嶺夫
  • 出版社/メーカー: 評論社
  • 発売日: 2005/10/01
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江國香織『江國香織とっておき作品集』

江國香織の初期作品が読みたいと思い手に取りました。

特に心に残ったのは下記二作品。

 

香織の記録

父・江國滋氏が残した、娘・香織な誕生から6歳までを記録したもの。

週間雑誌の記者だった江國氏。娘の成長を書き留めながら、自身の環境の変化(途中でフリーになられたのですね)もあわせて書かれています。

作家・江國香織がどのように生まれたかがわかる貴重な資料です。

香織は、いつでも、常に自由にのびのびと大きくなるのだから、香織は、どんな時でも何にも心配することはないのだ。

実の父親にこんな魔法のような言葉を残してもらった江國さんがうらやましいです。

 

夕闇の川のざくろ

語り手である「私」から見た、「しおん」という少し変わった女の子にまつわる短い小説。

 幼稚園から知る「私」によると、しおんは「嘘ばかりついているのに印象として無口、無口なのに、否定の言葉だけは誰よりもはっきり口にする」、まあ、相当嫌われ者だと見受けられますが、不思議な魅力のある子です。

 

「人なんてもともとほんとじゃないのよ」

 

しおんは「私」に繰り返し語りかけます。「物語の中にしか真実は存在しない」と。

それなのに、繰り返し語られるエピソードが少しずつ形を変えて『夕闇の川のざくろ』の物語自体の信憑性がゆらいでいきます。

物語の語り手である「私」が、実は嘘つきなのでは?

つまり、「私」=「しおん」なのでは?

 

しおんはとても孤独です。冬の空とおなじくらい、もしくはプラスチックのコップとおなじくらい孤独です。

 

それに気づいたとき、この小説がとても悲しい物語に見えてくるのです。

 

 

江國 香織とっておき作品集

江國 香織とっておき作品集

 

 

 

 

 

山崎ナオコーラ『偽姉妹』

 

偽姉妹 (単行本)

偽姉妹 (単行本)

 

 あらすじ

主人公は35才のシングルマザー、正子。

 

正子は宝クジで3億円を当てて得たお金で建てた「屋根だけの家」で、血の繋がった姉妹である「衿子」と「園子」と暮らしているのですが、物語はそんな3姉妹(+子供1人)の家に、正子の友人「あぐり」と「百夜」が遊びに来るところから始まります。

 

衿子は公務員、園子は看護師で、見た目でいうと地味で冴えないけれど、堅実に生活を送るタイプ。

そして、百夜は派遣社員あぐりパン工場勤務(ライン作業)で、美人だけれど世間的には恵まれているとはいえません。

しかしながら正子自身は、血の繋がった衿子と園子より、百夜とあぐりのほうが気が合いますし、一緒にいて居心地の良さを感じていました。

 

いつのまにか「屋根だけの家」に居着いてしまった百夜とあぐりに、不満を募らせる衿子と園子。決定的な出来事として、不倫をしていた百夜について、園子が一緒に暮らしたくないと名言するシーンがあります。

普通なら、血の繋がった姉妹である園子の意思を尊重し、百夜に出て行ってもらうと思うのですが、正子は百夜を選びます。

 

「私は、不倫をしていたという理由で百夜に出ていってもらうことは絶対にしない」

「じゃあ、私が出て行く」

園子は言った。

悪いけど、そうしてもらえる?」

(114p)

 

その後を追うように衿子も出て行き、正子はあぐりと百夜に「姉妹ユニット」を組むことを提案するのでした。

 

 

感想

この小説は、主人公が「阿佐ヶ谷姉妹」や「叶姉妹」のように姉妹ユニットを作り、みんなで幸せに暮らす現代の家族のあり方を捉えた一見愉快なお話であると同時に、「血の繋がった姉妹」と縁を切る(姉妹を辞める)恐ろしい話でもあります。

 

血の繋がりほど厄介なものはありません。実の兄弟だから。実の両親だから。家族なら、私達は良いことも嫌なことも運命共同体のように分かち合うのが義務だといつのまにか刷り込まれているのではないでしょうか。

 

正子は自分勝手かもしれないけれど、勇気のある人です。そもそも、気があわない者同士なのに、なぜ「家族だから許し合う」必要があるのでしょう?

この小説を読むことで、私は自分自身が価値観にがんじがらめになっていたことに気づかされました。

 

 まだまだ一部の人にしか浸透していない正子のような「家族の作り方」を物語として成立させた山崎ナオコーラさんは、本当にすごいと思います。

 

 

 

 

 

近藤聡乃『A子さんの恋人』

 


主人公「A子」は漫画家。

学生の頃からつきあっていた「A太郎」に別れを切り出せないままニューヨークへ留学するが、そんな状態にも関わらず、ニューヨークでも新しく恋人(「A君」)を作ってしまう。

物語はA子がニューヨークから3年ぶりに帰国するところからスタートします。

 

A子が自身の恋愛にどうけりをつけるか?がこの漫画の主要テーマですが、なかなかこれがうまく進みません。納得のいくまで考えて結論を出さないと気がすまないのに問題を先送りにしてしまうA子の性格のせいです。

そもそもA子がニューヨークに帰国することになったのも、A君から受けたプロポーズの答えを悩んでいるうちにビザの更新を忘れていたからで、救いようがありません。

 
『A子さんの恋人』を読んで、私は「恋愛の形」は人それぞれ、多様に存在することを学びました。「優しいから」「なんとなく好きだから」「適齢期だから」「阿佐ヶ谷で一番の美人だから」「自分のことをそんなに好きじゃなさそうだから」「頭が悪そうだから」。登場人物達はいろんな理由で人を好きになります。

ある人からは欠点でしかないところも、別の人から見れば恋愛に発展する大きなポイントになり得るし、逆もありえることを、彼らは私に教えてくれます。

 
「性格が悪い」と何度も自称するA子達が繰り広げる恋愛模様はややこしい。でもそれが癖になるのです。

 

 

桜木紫乃『砂上』

男にも金にも見放された女の前に現れたのは、 冷徹な編集者だった――。

空が色をなくした冬の北海道・江別。柊令央は、ビストロ勤務で得る数万円の月収と、元夫から振り込まれる慰謝料で細々と暮らしていた。いつか作家になりたい。そう思ってきたものの、夢に近づく日はこないまま、気づけば四十代に突入していた。ある日、令央の前に一人の編集者が現れる。「あなた今後、なにがしたいんですか」。責めるように問う小川乙三との出会いを機に、令央は母が墓場へと持っていったある秘密を書く決心をする。だがそれは、母親との暮らしを、そして他人任せだった自分のこれまでを直視する日々の始まりだった。

これは本当にフィクションなのか――。
現実と虚構が交錯する傑作長編!

 

主人公は40代の女性、柊令央。自己満足的な小説を書いては投稿を繰り返し、同級生が営むビストロで働きながら得る少ない収入と、離婚した夫から得た慰謝料で暮らしています。

 

また、彼女の16歳下の妹はカラオケ屋の店長で、文学の世界に逃避する令央に嫌悪感を抱いています。

 

『喧嘩してたのはママとあたしだったけど、あたしのイライラの原因はたいがいが自分だけお花畑から動かない令央だった。無神経ってこういう女のことを言うんだって思ってたよ』

 この作品に出てくる女性達は、終始厳しい言葉で令央を傷つけますが、特に令央の元に現れ、自分だけのために小説を書かせる編集者、小川乙三のキャラクターは強烈で、浴びせてくる言葉は「暴言」「罵倒」に近い。

ただ、小説を書くために、別れた旦那や、過去の自分、家族と対峙する令央がどんどん強くなっていく過程は、読んでいて気持ちがよかったです。

 

「人間が描けている」という言葉は、小説を褒める時によく使われるけれど、この作品を読んで、真っ先にそう思いました。

 

 

砂上

砂上